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第3章 あなたが好き 第13話

Author: 花宮守
last update publish date: 2026-07-02 05:30:19

「大丈夫よ、晧司さん。少し頭痛がしただけ」

 彼の胸に手を当てて、落ち着かせながら説明する。

「風邪をうつしてしまったかな」

「それは、まあ……一緒にいたのであり得るかも」

 風邪による頭痛とは違うと思いながらも、まだまだ本調子ではない彼に深刻なことを考えさせたくはなくて、話を合わせた。

「何ならあとで、あのお薬を私も飲んでみます」

「……一発で効く。それは保証する」

 唇を歪めた晧司さんの顔がおかしくて、かわいくて、自然に笑い声が零れた。

「ごめんなさい。ふふっ」

 空気が緩んでいく。彼は私の頬に手を当て、耳を撫でた。

「いいんだ。私はとても好きなんだよ。君のその笑い声がね」

 好きという言葉にドキッとした。一瞬ごとに、安心と不安が入れ替わり、入り乱れる。笑い声を好きだと言ってくれただけなのに、大きな意味が込められていると考えたくなってしまう。期待したい思いと、失望したく

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     そのまま、キスされると思った。けれど、そうはならなかった。「リン。頭痛のことだが……君が入院していた病院に行ってみるかい?」 え。 それは……。「退院後、特に定期受診はしなくていいと言われたが、具合が悪くなればいつでもすぐに来なさいというのが先生の指示だ」 定期受診は、なし。それはつまり、私の記憶喪失の症状は、診察や薬でどうこうなるものではないということ。「ううん、今は……そこまでは」 首を横に振った。 直感。今、下界に下りていくのは何だか怖い。長い髪が、私の漠然とした不安を代弁するように揺れた。「わかった」 晧司さんは私の額を優しく撫で、シャツの真ん中のボタンをかけた。「さあ、君も少し休んでおいで。食事もとらなくてはいけないよ。彼のことだ、見繕ってきてくれたとは思うが」「ええ。パンとコーヒーを」「彼を随分と待たせてしまったな。私はもう少し眠ることにするが、その前に話がしたい。呼んできてくれるかい?」「はい」 用の済んだタオルと、晧司さんが脱いだ服を持って、私は部屋をあとにした。 廊下へ出ると、食欲をそそるおいしそうな香りが、キッチンの方から漂ってきた。「ちょうどよかった。出来立てだよ」 夕李の穏やかな声。彼は、キッチンに隣接したダイニングで、食卓のセッティングを終えたところだった。「こんなに……」 まるで特別な日のためのディナーのように美しい食卓が、そこに完成していた。 彼が買ってきてくれたパンを軽くあたためたもの。コーヒーも、テイクアウトの容器から、私のお気に入りのカップに移し替えられ、湯気を立てている。運んできてくれた箱いっぱいに入っていた野菜をたっぷり使ったサラダとスープは、肉や魚もバランスよくとれるようになっている。夏野菜の煮物もおいしそう。 食器と食材の組み合わせ

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    「大丈夫よ、晧司さん。少し頭痛がしただけ」 彼の胸に手を当てて、落ち着かせながら説明する。「風邪をうつしてしまったかな」「それは、まあ……一緒にいたのであり得るかも」 風邪による頭痛とは違うと思いながらも、まだまだ本調子ではない彼に深刻なことを考えさせたくはなくて、話を合わせた。「何ならあとで、あのお薬を私も飲んでみます」「……一発で効く。それは保証する」 唇を歪めた晧司さんの顔がおかしくて、かわいくて、自然に笑い声が零れた。「ごめんなさい。ふふっ」 空気が緩んでいく。彼は私の頬に手を当て、耳を撫でた。「いいんだ。私はとても好きなんだよ。君のその笑い声がね」 好きという言葉にドキッとした。一瞬ごとに、安心と不安が入れ替わり、入り乱れる。笑い声を好きだと言ってくれただけなのに、大きな意味が込められていると考えたくなってしまう。期待したい思いと、失望したくない警戒心が、私の中で戦っている。 私と晧司さんが体を重ねる関係にあったことは、間違いなく事実。自分の昨夜の反応から、私はそう判断している。 それより何より、私は、この人との間に「好き」という言葉が存在してもいいのか……かつて存在していたのかどうかが知りたい。 聞きたいけど、聞けない。 とろんとしている晧司さんの瞳は、まだ回復しきっていない体調のせいと、薬の作用もあるだろう。 元気になって、私の体や心の状態ももう少し先へ進めるようになったら、聞けるチャンスがあるかもしれない。 晧司さんは、考えをまとめる私をじっと見ていた。

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     思い出したのではなく、いくつかの情報から導き出した結論。そこに違和感はなかった。晧司さんの別荘の中にある、今は晧司さんが寝室として使っているこの部屋は、もともとは私の部屋。何かの都合で彼がここを寝室として使うことになり、急遽ベッドを入れた……。 抱きしめられたまま考えを進めようとしたら、ズキンと頭が痛んだ。「痛っ……」 ピンと張っていた推理の糸は、痛みに取って代わられてしまう。「リン」 晧司さんが、私の顔を心配そうに覗き込んだ。ふわりと漂う安心感。 同時に、「この人はどこの誰なんだろう」と、まるで強制的にわき出してくる疑問。私が病院で目覚めた時から、この人を信じられる、信じたい要素はたくさん積み重なってきているのに、またゼロから知ろうとするかのように。ううん、ゼロどころかマイナス。何かひとつつかんだ気がするたびに、前より遠くなった気がしてしまう。扉を開けさえすれば景色がつながるのに、ゆらゆらと遠ざかる。 それはおそらく、自分の中の防衛本能。記憶を閉じ込めている力と同種のものだ。 晧司さんの方もまた、何かを必死で守ろうとして、自分自身に強く戒め、頑ななまでに閉ざしている扉がある。 ――リン、私の……。 彼はその先を言おうとはしなかった。途中まで言いかけたことさえ、悔やんでいるかのようだった。だから、今は聞けない。

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     彼は小さく笑って、脇に置いてあった段ボール箱を持ち上げた。「僕に強がっても駄目だよ。詳しくは聞かないから、無理に元気な振りもしないこと。いいね?」 太陽の中に見え隠れする影。謎めいた明るさ。閉じ込められた山の中で、夏中、私を楽しませてくれた。その時間は、彼を傷つけてしまったことで終わりを告げたのではなく、なおもこんなに優しく続いている。「ありがとう」 彼がくれた言葉に、しっかりと目を見て応えた。 切れていはいない。私たちの間にある糸は、何色なのかはわからないけど確かにつながっている。ならば私は、逃げずにこの縁と向き合おう。それもまた、記憶の扉に通じているのかもしれないから。「重

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